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・事実の概要
X(原告・控訴人)は、昭和56年(1981年)大学理工学部を卒業し、自動車製造会社に勤務したが、転職の機会をうかがっていたところ、Y(被告、被控訴人)が出していた求人広告をみて応募し、採用が内定した。
Yは、中途採用者受け入れのための運用基準を策定し、それによると中途採用者の給与の格付けは「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し、個別に決定する」とされていた。これは、中途採用者の初任給を「新卒同年次定期採用者」(Xと同じ年次で大学を卒業し、定期採用者としてYに入社した者)の一番下に各付することを意味した。しかし、その求人広告には「キャリアを活かした転職。業界経験、職種経験をフルに発揮して、もっと満足できる環境のなかで能力を磨きたい。そんな方には、きっと納得していただけるような待遇を用意してお待ちしております。」、「第二新卒としてやり直してみたい方。89、90年既卒者対象として、もう一度新卒と同様に就職の機会を持っていただく制度があります。もちろんハンディはなし。たとえば89年卒の方なら、89年に当社に入社した社員の現時点での給与と同額をお約束いたします。」などの記載がされていた。
YはXの入社に際し「新卒同年次定期採用者」の下限に各付けした。入社後1年余りを過ぎた頃、初めてXはそのことを知り、上司に新卒同年次定期採用者の平均的各付けへの変更を求めたが、Yはこれに応じなかった。そこでXは、求人広告に新卒同年次定期採用者の「平均的給与との差額の支払い」とこれにより被った「精神的損害の賠償」を請求して訴えを提起した。第1審(東京地判、H11.1.22)はXの請求を棄却した。
・判旨
一部認容、一部棄却
1 「求人広告は、それをもって個別的な雇用契約の申し込みの意思表示と見ることはできないものである上、その記載自体から89年及び90年既卒者について同年次新卒入社者と同額の給与額を支給する旨を表示したもので、それ以前の既卒者についてこれと同様の言及をするものではないことを十分に読み取ることができるものと言うべきであって、その他には『納得いただける待遇』との表現があるのみであるから、その記載をもって本件雇用契約がXの主張の内容をもって成立したことを根拠付けるものとすることはできない。」
2 「Yの人事担当責任者が面接及び会社説明会においてXに対して説明した内容は、これを厳密に明らかにすることはできないけれども、少なくとも、給与条件につき新卒採用者と差別をしない(ハンディはない)との趣旨の抽象的な説明をしたものと認めるべきであるが、しかし、新卒同年次定期採用者の平均給与を支給するとか、それの平均的各付による給与を支給するなど、Xの給与の具体的な額又は各付を確定するに足りる明確な意思表示があったものと認めることはできない」。「そうとすれば、第1次面接及び会社説明会におけるYの人事担当責任者の説明によって、YとXとの間に、本件雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的各付による給与を支給する旨の合意が成立したものということはできない。」
3 「Yは、計画的中途採用を推進するに当たり、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の各付のうち下限の各付により定めることに決定していたのにかかわらず、計画的中途採用による有為の人材の獲得のため、Xら応募者に対してそのことを明示せず、就職情報誌での求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、給与条件につき新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、そのためXは、そのような給与待遇を受けるものと信じてYに入社したものであり、そして、入社後1年余を経た後にその給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置づけられていることを知って精神的な衝撃を受けたものと認められる」。「かかるYの求人に当たっての説明は、労働基準法15条1項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成するものと評価すべきである。」
※ひとりごと
求人広告に記載されていた条件と実際の採用条件が違っている場合であっても、雇用契約はその実際の条件で締結したものであるから、それはそれで有効ということか。言うなれば、求人広告の条件は「労働契約の申し込みの誘引」であるだけで、契約内容とはならない。そのことから考えて、新卒同年次定期採用者の「平均的給与との差額の支払い」を退けたのだろう。まさに、雇用契約書の重要性を再認識させられる内容である。もし、雇用契約書がなく、口頭による明示であったり、あるいは書面であっても雇用条件通知書であったならば、このような判決だったかどうか、考えてしまう。
しかし、「精神的損害の賠償」、つまり慰謝料のことであるが、これは労働基準法15条1項に基づき、認容されている。
労働基準法15条1項:
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
厚生労働省令で定める方法とは「書面の交付」のことであり、厚生労働省令で定める事項とは以下のことを指している。
(1)労働契約の期間に関する事項
(2)就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
(3)始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
(4)退職に関する事項(退職の事由及び手続、解雇の事由を含む)
労働基準法15条1項違反となっているものの明確な違反は無く、信義誠実に反している、ということなのだろう。ちなみに、労働基準法15条1項違反は、30万円以下の罰金となっているが、労働契約そのものは有効に成立する。平均的給与との差額の支払いは不要であるが慰謝料は必要だという今回の判決は、いかに雇用契約の締結を過失無く行うことの重要さを示している。
雇用契約書をきちんと作っていますか?口頭や雇用条件通知書では問題が起こってしまうと対処できないことを認識下さい。(by Hideyuki Iwase)
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